意外と敷地調査が好きかもしれない、否、それはただの傲慢さであるという大学生っぽい分析

今日のゼミでとりあえず近隣地域の調査は終了しました。今回は研究室の同期とのグループサーベイで、僕は学区を調べたりsketch upでコンターンマップを作るのをメインでやっていました。同期の、歴史から読み取れる情報の発表や歴史を感じられる場所の写真、微地形を読み取れるような写真を見ていると意外に興味を持って見ている自分がいて驚きました。なんで興味を持ったのか客観的に自虐たっぷりに評価してみようと思います。

俺、それ、もう知ってるから

一応ランニングが趣味なので、この近隣調査の課題の影響もあり対象範囲は一度ぶらぶら〜っとランニングしてみたことがありました。今日見た写真はそのときの記憶がばっちり残っている地域で、結構感じたことも同じようなことが多かった気がします。「共感」というか、単に知識を持っているんだという自分が少し誇らしいとか感じちゃってるんでしょうね。記憶を蘇らせて懐かしむという行為が好きではあるので、あ〜あのときそう思ったんだよなあとか思い返して嬉しく思った可能性も多少はありますがそんなに前の記憶じゃないしやっぱり「もうそれは知ってるんだよ」って思ってたんだね。矮小すぎるぜ。

俺、それ、高校の時勉強したから

大学ができた頃、戦後、その後等の歴史にそって地形図を読み取っていったグループの発表を聞いていて、あ〜なるほどね、うんうん、あ〜って感じで聞いてたんですが、それは興味を持ったわけじゃなくて単に地図が読めたからだと思うんですよ。これも「もう知ってるから」っていうのに結びつく考え方だなぁ。読み取り方はだいたいわかってるから、っていう。あ〜なるほどね〜わかるわかる、と、大したこともわからないくせに分かった気になるんですね。醜いこと極まりない。

まあとりあえずやりたいことやるからいいよね

冷静に分析すればそんなに地図の読み取りとかには興味がないんだと思います。とりあえず今はWebプログラミングを楽しくやっているのでいいんですが、多分それも突き詰めると自己実現のためのほどほどに骨のある対象なんだと思ったりするときがあります。じゃあそれを仕事としてとことんやったとき、つらい局面でも採算を合わせるために苦しい選択を取らざるを得ないとき、本当に作りたい物が作れないとわかっていながらもその計画で進ませないといけないときなどなど、そういった「現実」と呼ばれる状況におかれたら本当にこれがやりたかったことなのか、とか言い出しそうな自分がいるのも否めません。でもWebの世界はどんどん新しい技術が入ってきて古い技術は廃れていく世界。終わりなんてないので、次から次に新しいことを学び続ける環境にいたら飽きることはないんじゃないかなと思っています。淡い期待なのかもしれませんが、とりあえずしばらくはこの意欲のまま突き進めばいいなじゃいかな。他にめちゃくちゃやりたい!って同等くらいに思えることは浮かばないしね。とりあえずやりたいことやりまくれば今はいいはずと信じて、作りたいものを作りまくって技術を磨きまくる日々です。完全に自分の話になってしまいましたが今日はこの辺で。それではまた〜。

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